わざわざ建築物として山小屋を見学するために訪れる人もいるのが「涸沢ヒュッテ新館」。後世に伝える点で文化庁も注目する建物は、吉阪隆正(よしざかたかまさ)+U研究室の設計。早稲田大学山岳部に属したという山男だからこそ、築後60年以上経っても色褪せない山小屋の設計が可能だったのかもしれません。
設計思想を読み解くと、山小屋建築の奥深さが理解できる


注目の「涸沢ヒュッテ新館」は北アルプスの「雪と岩の殿堂」、涸沢カールに建つ山小屋。
奥穂高、北穂高岳を仰ぎ、夏の終わりまで雪渓が残ります。
カラフルなテントが並ぶのは、穂高岳登山、そして岩稜にチャレンジするクライマーの基地だから。
そんな涸沢カールに建つ山小屋は、涸沢ヒュッテと、涸沢小屋の2軒です。
涸沢小屋は冬季小屋を有していますが、涸沢ヒュッテは冬季は閉鎖。
なぜなら、涸沢ヒュッテが建つ場所は、雪崩が多い場所だからです。
涸沢ヒュッテ本館も昭和26年に建てられたものの、その冬に雪崩で倒壊し、建物の周囲に雪崩による倒壊防止の厚さ5mにも及ぶ蛇篭(じゃかご=金網などに石を詰めた防護壁)を設置して、昭和27年に再建したもの。
「涸沢ヒュッテ新館」は登山が大衆化した昭和38年ですが、設計にあたっては雪崩など冬季の水平にかかる雪の圧力を当然、計算に入れ、北穂高岳側に蛇篭が設けられています。
木造2階建て、切妻屋根の建物で、宿泊受付、明るい食堂、そして階上に工夫された区切りのある客室を設けています。
奥穂高岳に面した側は、建物が半地下化し(カール底、モレーンの岩場を利用/モレーン=氷河が削り取った土砂が堆積した地形)、屋根の上に展望デッキを設けるという眺めを重視した設計に(冬場には、屋根の上を雪崩が通り抜けることを想定)。
アルピニストとしても一流の吉阪隆正(日本山岳会・日本雪氷学会の理事)は、積雪に関わる建築の研究も進め、さらに涸沢ヒュッテ建設時も、まず実験的な仮小屋を建てて、雪崩や雪の圧力を観察しています。
その結果が、北穂高岳側の蛇篭、奥穂高岳側の半地下構造に結びついたのです。
秋の小屋締めの際には、展望デッキを解体。
使われている木材は、屋根を雪の圧力から支える補助柱に転用し、雪解けの小屋開きの際に、再びデッキに使われるというユニークな構造にもなっているのです(設計時にはなく、運用時に考案されたもの)。
涸沢カールから奥穂高岳、北穂高岳を目指す際には、ぜひ「涸沢ヒュッテ新館」のチェックを。
ちなみに、吉阪隆正は、涸沢ヒュッテ建設の前年、アテネフランセの設計で日本建築学会賞受賞。
涸沢ヒュッテと同年には、立山黒部アルペンルート途中、弥陀ヶ原に富山県営の国民宿舎「立山荘」を建設、こちらも現役です。
立山では室堂でユニークな外観の「雷鳥沢ヒュッテ」も吉阪隆正の設計。
アルペンルートでは、黒部平駅、大観峰駅の増改築にも携わっていますが、展望テラス、屋上テラスの存在は、展望を重視した吉阪隆正的なものなのかもしれません。


| 一流建築家が設計した山小屋、「涸沢ヒュッテ新館」とは!? | |
| 名称 | 涸沢ヒュッテ新館/かわさわひゅってしんかん |
| 所在地 | 長野県松本市安曇 |
| 関連HP | 涸沢ヒュッテ公式ホームページ |
| 問い合わせ | 涸沢ヒュッテ松本事務所 TEL:0263-26-3212/FAX:0263-26-3252 |
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