軽井沢聖パウロカトリック教会

軽井沢聖パウロカトリック教会

長野県北佐久郡軽井沢町、メインストリート(旧軽井沢銀座)の一本北側の水車の道沿いにあるカトリック教会が、軽井沢聖パウロカトリック教会(St.Paul’s catholic church)。軽井沢ゆかりの作家・堀辰雄の『木の十字架』に登場し、軽井沢の象徴的な建物となっている教会です。

簡素にして美しい建物はアントニン・レイモンドの設計

軽井沢聖パウロカトリック教会

完成は昭和10年。
当時の軽井沢に外国人の別荘は300戸を越し、滞在人数も1300名以上になっていたため、イギリス人・ワード神父(Fr. Leo Paul Ward)により聖パウロ教会が建設されたのです。
設計したのはアメリカ建築界の巨匠、アントニン・レイモンド(Antonin Raymond)で、傾斜の強い三角屋根が印象的です。

軽井沢聖パウロカトリック教会は、「美の教会」、「愛の教会」などとも形容され、板葺きの内部には素朴な美しさがあり、軽井沢別荘のポリシーである「簡素にして誠実」を表しています。

日中は開堂され見学も可能ですが(挙式、礼拝中は入堂不可)、信者の迷惑にならないよう、くれぐれも配慮を。

大正8年、帝国ホテル設計施工の助手としてライトとともに来日レイモンド自身も、すぐに避暑地・軽井沢を知り、昭和8年には軽井沢にアトリエ兼別荘「軽井沢・夏の家」を建てています(軽井沢タリアセン内にペイネ美術館「軽井沢・夏の家」として移築保存されています)。

ちなみに、軽井沢聖パウロカトリック教会の前の道が「水車の道」(Water Wheel Road)と呼ばれるのは、かつてつるや旅館の裏手の小川に水車があり、そば・うどんの粉を挽いていたから。
つるや旅館(江戸時代には旅籠鶴屋)の当主は代々「仲右衛門」を世襲し、隠居すると「作兵衛」を名乗って水車小屋を隠居所にしていたのです。
堀辰雄の『木の十字架』にも「町の裏側の、水車のある道に沿うて、その聖パウロ教会は立っている。小さな落葉松林(からまつばやし)を背負いながら、夕日なんぞに赫(かがや)いている木の十字架が、町の方からその水車の道へはいりかけると、すぐ、五六軒の、ごみごみした、薄汚ない民家の間から見えてくるのも、いかにも村の教会らしく、その感じもいいのである」と記されています。

旧軽では、メインストリート(旧軽井沢銀座)だけを訪れるのではなく、ぜひ水車の道の散策を。
水車の道や、幸福の谷には古き良き軽井沢の雰囲気が残されています。

軽井沢聖パウロカトリック教会
名称 軽井沢聖パウロカトリック教会/かるいざわせいぱうろかとりっくきょうかい
所在地 長野県北佐久郡軽井沢町軽井沢179
電車・バスで JR軽井沢駅から草軽交通バス、西武高原バス旧軽井沢方面行きで4分、旧軽井沢下車、徒歩5分
ドライブで 上信越自動車道碓氷軽井沢ICから約12km
駐車場 町営旧軽井沢駐車場(412台/有料)など周辺の有料駐車場を利用
問い合わせ 軽井沢聖パウロカトリック教会 TEL:0267-42-2429
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
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