龍雲寺
長野県佐久市岩村田にある曹洞宗の寺、龍雲寺。戦国時代の永禄年間(1558年~1570年)、武田信玄が越後(現在の新潟県南魚沼市)の名刹・雪洞庵(うんとうあん)から北高全祝(ほっこうぜんしゅく)を迎え、荒れ果てていた龍雲寺…
長野県佐久市岩村田にある曹洞宗の寺、龍雲寺。戦国時代の永禄年間(1558年~1570年)、武田信玄が越後(現在の新潟県南魚沼市)の名刹・雪洞庵(うんとうあん)から北高全祝(ほっこうぜんしゅく)を迎え、荒れ果てていた龍雲寺…
長野県長野市小島田町、犀川と千曲川に囲まれた文字通り島のようになった部分が川中島。甲斐の武田信玄と越後の上杉謙信が死闘を繰り広げた川中島合戦の主戦場は川中島古戦場史跡公園(八幡原史跡公園)として保存されています。一騎討ち…
長野県大町市、大町市街地の西端に位置する曹洞宗の寺、天正寺。大和の古代豪族・阿部氏が姫川上流の信濃国・安曇地方に居を構えて仁科氏を称し、鎌倉時代に大町に館を築いたと伝えられますが、その仁科氏居館跡が現在の天正寺一帯。戦国…
諏訪湖周辺にある4つの諏訪大社のなかで、もっともにぎわいをみせるのが、諏訪大社下社秋宮(しもしゃあきみや)。中山道(なかせんどう)と甲州街道の合流点、下諏訪宿(現・長野県下諏訪町)に建ち、江戸時代にも街道を歩く旅人や大名…
長野市篠ノ井の亀見山光林寺は、嘉元元年(1303年)、現在地から少し北の三塚に創建され、天文16年(1547年)に現在地に移ったという浄土宗の古刹。境内には樹齢約300年のシダレザクラがあり、花の見頃は例年4月中旬~5月…
高遠城(たかとおじょう)は、武田氏が伊那侵攻の拠点とした城。江戸時代に入り、上伊那の城の大半が廃されましたが、明治維新まで大名の居城として残されました。城跡には、1500本のコヒガンザクラが植えられ、全国でも屈指の桜の名…
小諸城の本丸の入口を守る最後の砦となる門が、黒門(一ノ門・一ノ御門)。その黒門を移築保存するのが小諸の正眼院(しょうげんいん)です。格調高い薬医門ですが、小諸城には現在礎石が残るのみです。慶長17年(1613年)、初代小…
弘治元年(1555年)に武田信玄が開基として岌往上人(きゅうおうしょうにん)が開山した岩村田の名刹が西念寺。12本の円柱が支える楼門の天井には美しい天女が描かれています。岩村田は中山道の宿場町でもありましたが、城下町であ…
信州味噌のルーツともいえるのが佐久の安養寺味噌。鎌倉時代に南宋(中国)に留学した禅僧の心地覚心(しんちかくしん=臨済宗の僧)は、金山寺味噌を考案していますが、実は佐久に安養寺を開き、味噌造りを始めています。これが今や一大…
長野県松本市(旧南安曇郡安曇村)と岐阜県高山市(旧吉城郡上宝村)との境にある安房峠(あぼうとうげ)。槍穂高連峰から焼岳へと続く北アルプスの主稜線が、南の乗鞍岳へと通じる最低鞍部が標高標高1790mの安房峠です。現在は安房…
大阪万国博覧会の後の昭和45年、商業祭として御諏訪太鼓の指導の元、岡谷太鼓存会を結成し、地域活性のために始まったのが『岡谷太鼓まつり』。太鼓連も20チームを数えるほどに拡大し、「300人による日本一の揃い打ち」も行なわれ…
取材班が白馬村・小谷村・大町市・池田町・松川村を縦横無尽に調べた結果、取材班が選んだ【白馬・大町歩かず眺める絶景BEST33】を選定。第23位は白馬村のまったく無名のスポットです。 信玄と謙信の勢力争いの地、塩島城近くの…