東海道五十三次に比べて難読の宿場名が多い中山道六十九次。「木曽路はすべて山の中」という木曽路だけでなく、山岳ルートが続きますが、大井川など川の増水による川留めがないため、参勤交代にも利用されました。「超難読の宿場」のひとつが、長野県塩尻市の洗馬宿(せばじゅく)です。
文字通り馬を洗ったという説が有力ですが・・・

日本橋から31番目の宿場が洗馬宿。
中山道と北国脇往還善光寺道の分岐点でもあり、関西方面から善光寺詣でをしようという人は、この洗馬宿から北国街道に入りました。
馬の足を洗ったらたちまち元気を取り戻したので「洗馬」という地名が生まれたとも、源義仲(木曽義仲)の家臣が義仲の馬の足を太田の清水で洗ったからとも伝えられています。
木曾義仲の話は治承4年(1180年)のことですが、実は平安時代の公卿(くぎょう)・藤原実資(ふじわらのさねすけ)の日記『小右記』(しょうゆうき=藤原道長・頼通の摂関政治を後世に伝える記録)の長和3年(1014年)の項に、洗馬の牧(まき=牧場)の牧司・忠明朝臣が朝廷に駒、牛などを貢物として収めたという記述があるので、11世紀にはすでに洗馬という地名が生まれていたことがわかります。
いずれにしろ険しい木曽路を抜けて松本平に降りた場所なので、山間から湧き出す清水で汚れた馬の足を洗ったことで、洗場(あらいば、せんば)という地名が生まれ、洗馬に転訛したのだと推測できます。
ただし、谷が狭まる狭場がルーツという説もあり、定かでありません。
天保14年(1843年)の『中山道宿村大概帳』では、宿内家数は163軒、うち本陣1軒、脇本陣1軒、旅籠29軒で宿内人口は661人、伝馬は50人50疋と記されています。
| 中山道六十九次で「超難読の宿場」は、洗馬宿 | |
| 名称 | 洗馬宿/せばじゅく |
| 所在地 | 長野県塩尻市宗賀 |
| 関連HP | 塩尻市観光協会公式ホームページ |
| 電車・バスで | JR洗馬駅から徒歩3分 |
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