木曽谷と伊那谷を結ぶ国道256号(清内路越え)は、「はなもも街道」と呼ばれ、南木曽町の妻籠宿から清内路村、阿智村をへて飯田ICに至るまでの区間に数千本の花桃が植栽されている。街道沿いでとくに見事なのは清内路越え。沿線に5000本ほどが植栽され、上清内路は例年5月上旬〜5月中旬頃が見頃。
清内路越えと呼ばれる国道256号は花桃の名所
清内路村では国道沿いの下清内路、上清内路のみどころがありますが、標高差があるため4月下旬〜5月中旬にかけてどこかで車窓からお花見ができることに。
今や「日本一の桃源郷」といわれるまでになった長野県阿智村の花桃は、電力王で知られる福沢桃介(福沢諭吉の娘婿)が、ドイツのミュンヘンで三色の花桃の美しさに魅せられ3本の苗を購入し帰国、大正11年、木曽谷の須原発電所構内に植えたのが始まりという。ドイツから木曽谷(須原、後に妻籠)、そして昭和23年に清内路越えへと運ばれたこの花桃を清内路の住民が少しづつ増やし、ここから全国へと広めていったのです。
清内路越え
清内路越えは、街道時代には中山道の間道として機能し、大正時代に県道として整備。
昭和38年に国道に昇格しています(清内路峠付近の旧道は通行不可)。
伊那と木曽を結ぶ峠は、権兵衛峠、大平峠のふたつがありましたが、明治初年に清内路の木地師が峠を越えた木曽谷側の漆畑(現・南木曽町漆畑)に移り住み、木地師の集落をつくりました。
その頃から峠越えがさかんに使われるようになり、伊那谷と木曽谷を結ぶ峠越えとして利用されるようになったのです。
昭和38年に国道に昇格しています(清内路峠付近の旧道は通行不可)。
伊那と木曽を結ぶ峠は、権兵衛峠、大平峠のふたつがありましたが、明治初年に清内路の木地師が峠を越えた木曽谷側の漆畑(現・南木曽町漆畑)に移り住み、木地師の集落をつくりました。
その頃から峠越えがさかんに使われるようになり、伊那谷と木曽谷を結ぶ峠越えとして利用されるようになったのです。
はなもも街道(清内路の花桃) | |
名称 | はなもも街道(清内路の花桃)/はなももかいどう(せいないじのはなもも) |
所在地 | 長野県下伊那郡阿智村清内路 |
関連HP | 阿智村役場清内路ホームページ |
電車・バスで | JR飯田線飯田駅からバスで30分、昼神温泉東口で清内路コミュニティバスに乗り換え7分、小学校入口下車 |
ドライブで | 中央自動車道園原ICから約13.4km |
駐車場 | なし |
問い合わせ | 阿智村役場清内路支所 TEL:0265-46-2001 |
掲載の内容は取材時のものです、最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。 |