長野県松本市、松本市街の南東の丘陵に築かれた古墳が、弘法山古墳(こうぼうやまこふん)。形状は少し珍しい前方後方墳(ぜんぽうこうほうふん)で、墳丘長63.0m。「築造年代がこれまで考えられていた時代よりも50年古く3世紀前半〜半ば」(松本市立博物館)で、「日本最古級」と判明したのです。
近年の調査で形状が確定、ホケノ山古墳と一致
弘法山古墳で初めて本格的な学術調査が行なわれたのは1974年。
調査で、古墳の形態としては最も古い前方後方墳であることが判明。
ヤマト王権設立後の前方後円墳の普及よりも以前に、東日本に築かれたごく初期の墳丘であることがわかったのです。
当時の鑑定結果は、古墳時代初期(3世紀後半)で、「東日本最古級」。
50年近くの調査空白期間を経て、最新の科学と古墳研究の成果を背景に2020年度から再調査を開始。
古墳の周囲にトレンチ(溝)を掘り、正確な大きさ、形状を測定し直したのです。
どうして、再測量が必要だったのかといえば、形状が明らかになると全国の古墳と比較可能となり、「兄弟古墳」の存在や、時代が明確化するから。
同じ形状の古墳を探すと、なんと、奈良県桜井市にあるホケノ山古墳と一致したのです。
ホケノ山古墳は、3世紀半ばに造られた「日本最古級の古墳」(橿原考古学研究所、桜井市教育委員会などの調査で判明/築造年代に関しては諸説あります)。
倭国の女王・卑弥呼の墓とも目される箸墓古墳(はしはかこふん)の東側にあり、ともに纒向古墳群(まきむくこふんぐん=前方後円墳発祥の地)を構成する古墳です。
松本平にクニが誕生、最初に築かれた古墳
サイズ的にはホケノ山古墳が墳丘長80mなので、弘法山古墳は少し小ぶりということに。
このホケノ山古墳の技術が、松本平に伝搬したと推測できるのです。
ヤマト王権が誕生するのは3世紀後半なので、王権が確立する以前、弥生時代末期〜古墳時代黎明の時に、松本平に奈良盆地とそっくりの形状が築かれたということになり、「日本最古級の古墳のひとつ」(松本市立博物館)という解説が、現実味を帯びているのです。
出土した鏡は、「卑弥呼の鏡」といわれる三角縁神獣鏡(さんかくぶちしんじゅうきょう)に先行する形式の獣帯鏡(朝鮮半島との外交を示す鏡)。
弥生時代末期、中央の王権の成立期に、松本平にクニが誕生し、その首長が埋葬された墳墓ということは明らかです。
弘法山古墳の墳丘上からは松本平を一望にする絶景を得ることができ、その秀でた景観も被葬者の強大な力を誇示しているかのようです。
古墳が築かれたことが古墳時代の入口なら、松本平に古墳時代の到来ということに。
| ヤマト王権誕生以前に築かれた「日本最古級の古墳」が信州に! | |
| 名称 | 弘法山古墳/こうぼうやまこふん |
| 所在地 | 長野県松本市並柳2-1000他 |
| 関連HP | 松本市公式ホームページ |
| 電車・バスで | JR松本駅からタクシーで15分 |
| ドライブで | 長野自動車道松本ICから約5km |
| 駐車場 | あり/無料 |
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