日本最高所の駅といえば、鉄道ファンなら誰もが知っている小海線・野辺山駅で、標高は1345.67m。JR最高所の駅であると同時に、ケーブルカーなどを除いた普通鉄道の最高所の駅ですが、実は昭和35年4月25日までは、草軽電気鉄道の国境平駅(現・群馬県長野原町北軽井沢)が標高1371mで、日本最高所の駅でした。
国境平駅を知る人も少なく、「日本最高所」も昔語りに
鉄道ファンでもこの「日本最高所の国境平駅」のことを知る人はあまりいません。
草軽電気鉄道は、現在、軽井沢でバス、タクシーを運行、有料道路の白糸ハイランドウェイを管理する草軽交通の前身。
大正時代に、軽井沢と草津温泉を結んで、軽井沢の森を抜け、北軽井沢の荒涼たる原野を抜けて走った草軽軽便鉄道が前身です。
国境平駅とは、まさに上信国境(上野国と信濃国の国境、現在の長野県軽井沢町と群馬県長野原町の境)に位置した駅で、「ANAホリデイ・イン リゾート軽井沢」入口近くにありました。
現在は林道状の道が廃線跡となって残るのみで、駅の遺構は何も残されていません。
国境平駅が開業したのは大正9年8月11日のこと。
現在の軽井沢駅前にあった新軽井沢駅と、草津温泉駅を結び55.5kmの鉄路が大正15年9月19日に全通し、戦後は東急グループの翼下となりますが、自動車の普及で昭和35年4月25日、新軽井沢〜上州三原間が廃止に。
国境平駅も廃止となったのです。
戦後は、箱根戦争、伊豆戦争といわれるように西武グループと東急グループの戦いが関東各地で展開しましたが、軽井沢も鬼押ハイウェーを手掛ける西武と草津と軽井沢を結ぶ鉄道を起点に沿線開発を目論む東急との熾烈な戦いが行なわれていました。
劣勢に立たされた東急は、鉄道を廃止し、バス会社で生き残りをかけた挽回に出たのです。
鉄道とはいえ、ナローゲージの軽便鉄道で、輸送力も限られていました。
今も走っていれば、トロッコ列車、観光鉄道として脚光を浴びたかもしれませんが、山岳路線として保線には莫大な経費がかかり、黒字は無理だったと推測できます。
軽井沢駅で標高940.5m。
国境平は1371mなので、400m以上も登ることに。
ちなみに軽井沢方面から国境平駅跡に行く場合は、白糸ハイランドウェイ、あるいは中軽井沢から峰の茶屋を目指し、さらに浅間牧場の南縁を走る道を「ANAホリデイ・イン リゾート軽井沢」方面に走るのが最短ルート。
「ANAホリデイ・イン リゾート軽井沢」の入口で右側に入る細い未舗装の林道(車は侵入できません)がかつて草軽電気鉄道の走った跡。
駅跡を探す場合はツキノワグマなどに十分の注意が必要です。
国境平駅探勝の基地に絶好の宿「ANAホリデイ・イン リゾート軽井沢」
鹿島建設が建設、IHGホテルズ&リゾーツ(インターコンチネンタルホテル)が運営する「ANAホリデイ・イン リゾート軽井沢」。
軽井沢では少し穴場の温泉リゾートホテルで、夏は避暑、冬は眼の前がスキー場という好立地です。
周囲は森ですが、国境平駅探勝の基地にも絶好です。
| 【地図を旅する】vol.51 かつて鉄道の最高所は、軽井沢の北、国境平駅だった! | |
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