避暑地・軽井沢で、軽井沢らしい雰囲気を残しているのが、旧軽ロータリーから西、「ホテル鹿島ノ森」方面への旧ゴルフ通り、そして「万平ホテル」背後にある幸福の谷(ハッピーバレイ)一帯でしょう。とくに幸福の谷は、メインストリート(軽井沢銀座)が人であふれるような際にも静寂を保っています。
外国人宣教師が名付けたハッピーバレイへ!
幸福の谷(ハッピーバレイ)は、石畳が続く別荘地の通りの名前。
実際にそこを歩くと、谷という凹地の雰囲気はあまり感じません。
幸福の谷(ハッピーバレイ)の命名者は、この谷に別荘を構えた外国人たちで、とくに観光名所でもないので、案内板もなく、時折、レンタサイクルでやってくる観光客がいるくらいです。
川端康成は『雪国』で受賞した「第21回文芸懇話会賞」の賞金でここに別荘を構えていました。
堀辰雄が代表作『風立ちぬ』の最終章「死のかげの谷」を書いたのもこの川端康成の別荘(昭和11年11月下旬〜年末)ということに。
外国人避暑客は、霧で濡れた石畳からハッピーバレイと名付けたとも推測できますが、堀辰雄は最終章にある「死のかげの谷」と呼んでいます。
「私の借りた小屋は 、その村からすこし北へはひつた、或る小さな谷にあつて、そこいらには古くから外人たちの別荘があちこちに立つてゐる。なんでもそれらの別荘の一番はずれになつてゐる筈だつた。(中略)外人たちがこの谷を称して幸福の谷と云つてゐるとか。」(『風立ちぬ』)。
俗に川端康成が幸福の谷と名付けたともいわれ、そう記した書物なども見かけますが、
「私の小屋のある表の谷を、五六十年前このあたりに山小屋を立てた外国人宣教師たちが『南幸(みなみさち)の谷(HAPPY VALLEY SOUTH)』と名づけー土地の人は桜の沢と呼んでいるー裏山の向こうの谷を『北幸(きたさち)の谷』と名づけた」(随筆『秋風高原』/川端康成)。とあるので、明治時代に宣教師が名付けたというのが正解です。
喧騒のメインストリートの最奥、軽井沢ショー記念礼拝堂前から矢ヶ崎川沿いに南下、行き止まりとなるT字路を左折すると自然に幸福の谷へ導かれます。
アスファルト舗装が石畳に変わったら、そこが幸福の谷。
今では軽井沢でも石畳の道は、幸福の谷くらいです。
近年ではガイドブックでの紹介もなくなり、訪れる人も稀な静寂な地。
別荘地なので、私有地の立ち入りは不可など、マナーを守って行動を。
帰路は「万平ホテル」に寄り道し、カフェテラスでのんびりするのが、ジョン・レノン&オノ・ヨーコ的でおすすめです。
| 【軽井沢の裏技】(5)別荘地の散策は「幸福の谷」へ! | |
| 名称 | 幸福の谷/こうふくのたに |
| 所在地 | 長野県北佐久郡軽井沢町軽井沢 |
| 電車・バスで | JR軽井沢駅から徒歩30分 |
| ドライブで | 上信越自動車道碓氷軽井沢ICから約12kmで町営旧軽井沢駐車場、駐車場から徒歩15分 |
| 駐車場 | 町営旧軽井沢駐車場(412台/有料) |
| 問い合わせ | 軽井沢観光案内所 TEL:0267-42-5538 |
| 掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。 | |

