【マンホールで知る町自慢】松本市は「松本てまり」

古代、信濃国の国府が置かれたのは現在の松本市国府町のあたり。
つまりは長らく信濃国の中心として機能したのが、現在の松本市です。

近世には松本藩の藩庁が置かれ、松本城は今も国宝・松本のシンボルとなっています。

松本でマンホールを探してみると・・

松本のマンホールに描かれる絵柄は「松本てまり」。女の子バージョン(TOPの画像は非常にレアなタイプです)と、手まりだけバージョンの2タイプがあり、旧開智学校など観光スポットの周辺の道には着色されたカラーバージョンが設置されています。
松本マンホール
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松本駅から駅前通りを真っ直ぐに進むと国府町(下の画像)。信濃国の国府はこの地にあり、鎌倉時代には信濃国守護館が置かれた場所です。国司が参拝した信濃国総社も松本市の伊和神社(松本市惣社539)と推測できます。
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絵柄はなぜ手まりなのでしょう?

松本のシンボルといえば、松本城、そして旧開智学校だと思われますが、マンホールに描かれた絵柄はなぜ手まりなのでしょうか?

松本てまり保存会によれば、「松本てまり」は、江戸時代の中ごろに松本藩の武家の女性や子どもが、家計を助けるため作り始めたもの。武士の内職として始められた郷土玩具です。
なぜ江戸時代中期かといえば、その頃木綿糸が容易に手に入るようになったからだと推測できます。

地元ではこの「松本てまり」、幸福を招く(てまり)として縁起の良い飾り物として愛用されてきました。結婚の際には花嫁が新しい円満な家庭を築くための「幸福のシンボル」として持参したそうです。
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松本の3大必踏ポイントはここだ!

国宝松本城

文句なしの松本必踏ポイント。天守に上れば槍ヶ岳の穂先も眺望できます。

旧開智学校

明治6年竣工の学校建築。内部はミュージアムになっています。

喫茶まるも

『anan』『nonno』に掲載され、いわゆるアンノン族が押しかけた松本の喫茶店。古き良き松本がここには残っています。

この記事はマンホールstyleとの共同取材・共同編集によるものです。

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ABOUTこの記事をかいた人

たけだゆきえ

(一社)プレスマンユニオン事務局長。 全国を取材するかたわら、デザインマンホールに注目しています。なぜなら、そこには郷土の自慢が凝縮されているから。何気ない足下のマンホールが、実は地域活性にとって重要な役割を担っていることから、ウエブマガジン「マンホールStyle」を運営中です!